リスクについて話す機会が増えた。原稿を書くことがある。だから、過去に同じ話を見たり聞いたりしたことがあったらごめんなさい。最近記憶があいまいなことが増えて、ごめんなさい。
家を出る前に見た星占いがbadだった人がいる。けれどその人は、次の瞬間「車が突っ込んでくる」と考えながら街は歩かない。そんなことを考えていたら先に進めない。
数年前に、東武アーバンパークライン北千住駅上り線ホーム前方の千代田線連絡通路に向かう階段の1段目の階段を踏み外した。瞬間に「死ぬな」と思った。本当に人生が、走馬灯のように駆けた。3段目で踏みとどまった。たった3段がとても長かった。以後、その階段を降りることができず、必ずエスカレーターに乗っている。エスカレーターのない駅の階段を降りるときは、いつでも手すりが握れるように端を降りるようになった。
寝ている人は絶対に転ばないと保証できるが、立っていれば、歩いていれば転ばないとは言えない。歩き始めの1歳6か月の幼児と、二十歳の成人、85歳の老人。次の瞬間に転ばない保証はない。確率の問題だ。幼児は脳の機能が十分発達していないから転びやすい。老人は老化の影響で足腰が弱っているし、白内障に難聴で危険回避能力が低下している。骨粗鬆症で骨はもろく骨折しやすい。骨粗鬆症治療薬を飲めば骨密度は高くなる。しかし、骨密度が上がったら骨折しないのか。そんなデータは存在しない。服薬前と後で、転んでみて、骨折するかしないかを実験したデータはない。当たり前だ。効果検証のために転ぶ老人などどこにもいない。パワーリハビリ、いわゆる筋トレをしても絶対転ばないという保証はない。やらないよりはやったほうがいいという程度のことだ。転ぶか転ばないかは確率の問題で、二十歳の成人は転ぶ確率が幼児や老人に比べて低いだけのことだ。
転んで怪我(骨折)をした方には申し訳ないが、「運が悪かった」としか言いようがない。「なんで転んだんですか?」
床が水で濡れていたら問題だ。そうならないように水回りの工夫をしなければならない。床が濡れたらすぐに拭ける方法を考えなければならない。高齢者が利用する施設なら段差をなくさなければならない。(視覚障碍者のための点字ブロックは、すり足やつま先が十分上がらない高齢者には段差になり転倒する。けれど行政は点字ブロックを敷けと指導するのはなぜなのだろう。)廊下の照明がダウンライトの施設がある。白内障の高齢者がそこを歩くのは恐怖だろう。カーペットの床の施設がある。すり足では歩きづらい。しょうわの床は厚さ6㎜のクッションフロアーを採用した。転倒した時の衝撃を吸収するため。しかし現実には吸収しきれない。ある病院では、コルクの床を採用している。クッション性は高い。しかし、沈み込みすぎて車いすは自走できない。ベッドを移動するのも一苦労だ。当然歩きにくい。つまずき易い。金属プレートをクッション材で覆い、大腿骨の付け根にぴったり固定することで転んだ時に衝撃を吸収するというパンツが市販されている。密着しすぎて、このパンツは密着した部分に床ずれができる危険がある。どれもこれも一長一短がある。
「なんで転んだんですか?」この言葉は、医療や介護を萎縮させている。なぜ、世の中はこれほどまでに骨折を恐れるのか。それは「寝たきり」が怖いから。寝たきりになると「介護が大変になる」「家では介護できなくなる」「寝たきりになると預かってくれる施設が少なくなる」マスコミはまことしやかに報道をする。「大腿骨を骨折したら手術をしなければ歩けない」しょうわを始めてすぐのころ、そう思っていた。でもそうじゃなかった。整形外科の先輩に教えてもらった。昔、人工骨頭がなかったころ、手術をしなくても脚長差(右と左の足の長さが数センチ差が出る)は残るが歩けるようになる。歩けなくても車いすには座れる。訓練をすれば座面から尻を持ち上げられる。(正しい姿勢-背もたれに寄りかからず、前傾姿勢を保つ訓練が必要だが-しょうわの畳台やベンチがその訓練道具)尻が持ち上がればトイレのあとで尻は拭ける。一人の介護でパンツは履き替えられる。
萎縮した医療、介護では、転ばないように立たせない、歩かせない。「危ないから立たないで」と言うことは、最近スピーチロックといわれ、言葉による身体拘束とされている。スピーチロックはいけないから、初めから立てないように、車いすやいすの背もたれを壁に着け、前にテーブルを置く。もともとは徘徊センサーと言われていたセンサーマット。転倒予防に厚生労働省が推奨している。病院や施設ではどのように使われているのか。センサーが反応すると「トイレですか」とでもいえばいいのだが、実際は「寝ててください」と言いに来る。行動制限をする道具となっている。
立たないように、歩かないように。数日すれば筋力が低下する。昨今流行りのユニットケア。高齢者は体力が低下するから昼食後は臥床が必要と言って寝かされ、部屋とリビングのほんの数メートルも歩かせてもらえない。半年もすれば立てない歩けない。自分の意思とは無関係に寝たきりとなる。
歩いて転んで寝たきりになるか、「転ばないように」「骨折しないように」して寝たきりになるか。歳を取った時に、あなたはどちらを選びますか。
事故、ケガなどの保証のために、わたしたちは全国介護老人保健施設共済会を通して損害保険会社と契約をしている。今日、損保会社の職員が来た。転倒事故を分析した結果を持ってきた。「どうしたら転倒事故が減らせるか」ヒアリングに来た。人は不確実性の高い存在だということを話した。次の瞬間にどのような行動をとるか。確実に予測はできない。高齢で、それだけで運動機能や認知機能が低下している人が次にとる行動を予測することは不可能だ。床や照明の工夫、改善はできる。しかし、歩けるようにしたから転倒するので、転倒しないようにするために歩かせないことはできない。立って歩くのは基本動作。基本ができるから、食事や更衣、排泄といった日常動作(ADL)ができる。トイレで排泄ができるから外出したくなる。社会参加、社会活動ができるようになるとプライドが持て生き甲斐が持てる。だからもっと生きようと思う。
立たないように、歩かないようにされている人の目を見たことがありますか。
最大のリスク管理は、以上のことを本人や家族に、ありのままに話し、どのようにしたいか、どのようにするかを決められるように説明することだと思う。損保会社にそう説明した。この考えを、日本の人たちが議論できる場を作りませんかと提案した。